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2014年2月22日土曜日

ソチ五輪観戦記5:「浅田真央・金妍児時代」が残したものとこれからの女子シングルに期待すること

女子シングルFSは、これまでにないドラマチックなものでしたね!
真央ちゃんが見せた貫録の演技、点数以上に人々に訴えかけることがあったのではないでしょうか?僕も感動しました!!
メダリストが霞んでしまうくらい印象の強い演技で、世界各国から称賛の声が湧きあがっていました。フィギュアスケート関連のtwitterをチェックしましたが、真央ちゃんの演技に関するもののRT数がメダリストに関するものをはるかに凌いでいた感じがします。

それと共に海外では、採点に関する不満も多く出ていました。その件に関しては、「採点の公平性」と共に次回述べたいと思います。

図1:五輪女子シングルにおける入賞者
さて、今日のテーマは、「浅田真央・金妍児時代が残したもの」です。
と、その前に今回の結果を踏まえ、女子シングルの五輪における入賞者を国別・地域別に見てみましょう。
先日、男子シングルについても述べましたが、男子と女子では傾向が違いますね。※男子シングルに関しては、こちらをご参照ください。↓
【ソチ五輪観戦記2:男子シングル】http://yosh1a.blogspot.jp/2014/02/blog-post_15.html

男子は地域別の入賞者の数が極端に変動していましたが、女子は88年以降、各地域の勢力が比較的均衡している感じがします。
特に、今回のソチでは見事に8つの席を均等に配分するという形になりましたね。

日本に関して言えば、メダルは取れなかったけど、2006年以降2つの席を常に確保。本当に良かったです。
因みにこの表を見て思うのは、ロシアが復活したことと、アメリカが10大会連続で2人以上の入賞者を輩出しているということ。
ロシアは1998年以降スルツカヤ頼みになり、若手が育っていませんでしたが、2010年以降若手が台頭し、今回の結果に結びつきました。(図2参照)最近のジュニアの成績を見ても、今後しばらくはロシアの時代が続くでしょう。
アメリカは、人材が豊富なのか練習環境が良いのか、優れたコーチが多いのかわかりませんが、ジュニアからシニアまで安定して成績を収めていますね。アメリカは今後はグレイシー・ゴールドが牽引していくことでしょう。
図2:(上段)五輪における入賞者と年齢・国籍、(下段)世界ジュニア選手権でのメダリストと国籍
では、本題に入っていきましょう。
何気に書いた「浅田真央・金妍児時代」という言葉。一体これは何でしょうか?(※僕の造語です)
詳しくはこちらのブログをご覧下さい↓
【フィギュアスケート観戦のすゝめ:女子シングル編】http://yosh1a.blogspot.jp/2014/02/blog-post_8503.html

簡単にまとめると、女子シングルの歴史は、
才能あふれる数人の選手により、比較的長い時代が形成され、その中で1、2年という短い周期で時代を盛り上げる選手がたくさん登場する、この繰り返し
であり、その才能あふれる数人の選手により作られた時代を整理すると、
1996~2003 ミシェル・クワン(アメリカ)
1999~2006 イリーナ・スルツカヤ(ロシア)
2002~2006 サーシャ・コーエン(アメリカ)
2005~2014 浅田真央(日本)
2006~2014 金妍児(韓国)
となります。
これに基づき、トリノ五輪後の2006~2014を「浅田真央・金妍児時代」と名づけました。

では、それぞれが果たした功績を考えていきましょう。
まずは、金妍児から。
彼女の最大の功績は、新採点方式に対する「模範回答」を打ち出したことであると僕は考えています。この「模範回答」という言葉は、スポーツジャーナリストの生島淳さんの言葉を引用しています。
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端的に言うと、いまのフィギュアスケートというのは、ISUジャッジング・システムに対して、各陣営が「模範回答」を作る競争になっている。いちばん、美しい回答をした選手が表彰台のてっぺんに上がる。
------------------------‐---生島淳(2011)『浅田真央はメイクを変え、キム・ヨナは電卓をたたく』朝日新書より

この模範回答の内容を考えながら金妍児の功績を細かく見ていきましょう。

①演技全体の流れの重要性を示した
流れとは技術と表現が一体となったという意味です。
例をあげると、ジャンプの前にさあジャンプをするぞという感じではなく、流れの中でジャンプをするということ。そして、ジャンプで演技が止まるのではなくて、その後もスピードが衰えないということ。
これを金妍児が重視したのは、GOEが新採点方式において勝敗を決するポイントであると見抜いたからでしょう。GOE、つまり加点を稼ぐ演技、これは2010年のバンクーバー五輪に向けて彼女が取り組み、五輪の結果で証明してみせました。

②完成度の高さがものを言う
模範回答の2つ目として、シーズン序盤から最後まで完成度の高い演技を披露する重要性を示してくれました。これは、演技構成点(PCS)が未だに主観に頼らざるを得ないという特性を利用した、素晴らしい戦略です。
演技審判は、シーズンを通して、選手をこれくらいの実力かなと自分の中での評価を固めていきます。そうして、シーズン後半の重要な大会である世界選手権や五輪では、その判断基準をもとに点数を付けている感じがします。長いキャリアの選手であれば、過去の点数も参考になってくるでしょう。1試合だけ完璧な演技をしても、さほど点数が伸びないのはこのことが一因としてあると考えている人も多いと思います。

図3:女子シングルFSにおける3回転の連続ジャンプをプログラムに組み込んだ
選手の数とジャンプの種類(トリノ、バンクーバー、ソチの3大会で比較)
※1基礎点は、2014年2月時点のものを採用
※2ソチでは、1人だけ3回転の連続ジャンプを2回跳んだため、
  人数と内訳で数が異なる
※3ジャンプに成功した人の数ではないので注意
③身体の変化への対応方法の確立
女子シングルの選手は10代後半に体つきが変化して、それまで軽々と跳んでいたジャンプが跳びにくくなり、表現力へ重点をシフトする選手が多い印象を受けます。
しかし、金妍児は、スピード上げて、そのエネルギーをジャンプに替えることで、体つきが変わっても難易度の高いジャンプ(3回転ルッツ3回転トウループ)を跳べることを証明してみせました。
これは、元々ジャンプの才能溢れる浅田真央に対抗するためのように思えましたが、GOEで勝負が決する新採点方式の特性を上手く活かしており、金妍児の代名詞になるとともに他の選手のお手本となりました。

図3は過去3大会の女子シングルFSにおいて、3回転の連続ジャンプをプログラムに組み込んだ選手の数とジャンプの内訳を示したものです。今回のソチ五輪では、3回転の連続ジャンプを跳んだ選手が増え、ジャンプもより基礎点の高いものに挑戦していたことがわかります。これはバンクーバー五輪で金妍児が3回転ルッツ3回転トウループを跳び、GOEも稼ぐことに成功していたことが大きいのではないかと考えます。

④本番での勝負強さ
金妍児の一番尊敬するところは何かと聞かれたら、僕は迷わずこれを挙げます。
バンクーバー五輪、ソチ五輪と2大会連続で見せた完璧な演技。2大会を通じてGOEでマイナスを受けなかった選手は彼女以外知りません。練習では、調子がいまひとつでも本番では完璧な演技をする、そのメンタルの強さは他の選手や見ている私たちの参考になると思います。
メンタルの強さに関連して、ジャッジの面から考えれば、いつも完璧な演技をする選手というのは、きっと今回も完璧な演技を見せてくれるだろうと期待が持てます。そして、毎回少しずつ更なる高得点を狙って選手が工夫をすれば、その分だけ点数を高く出さざるを得ないという状況になることは僕らでも予想がつきます。金妍児がバンクーバーで出した高得点も、今回、男子シングルSPで羽生くんが出した世界最高得点も、完璧な演技をシーズンを通して積み重ねてきた賜物なのだと思います。


続いて、浅田真央。
彼女の功績については以下の3点をあげます。

①シニアに入って8シーズン皆勤賞
このことは一度もメディアや雑誌で取り上げられたところを見たことがありませんが、一番素晴らしいことだと思います。フィギュアスケート選手にけがはつきものです。そして、多くの名選手が怪我で引退を余儀なくさせられてきました。
メディアは、怪我を乗り越えての復活というドラマチックな情報を好んで用いますが、選手にとって怪我をしないことの方が大切です。よく体は資本というではないですか。
怪我をしないための努力の方が、地味ですが最も基本的で全ての選手の手本になることだと思います。

図4:金妍児とゴールドのソチ五輪におけるプログラム構成比較(FS)
②女子シングルが画一化する危険を防止
VHSとベータ、8ミリビデオ対VHS‐C、商学部の学生ならピンとくるのではないでしょうか?そう規格競争です。勝利した方は主流となり、敗れた方は廃れていく、これが世の常ですよね。
この規格争いと似たような状況が、浅田真央VS金妍児で2010年ごろまで続いていたと思います。新採点方式に対してより得点を稼げるのは、トリプルアクセルを入れ基礎点で稼ぐ浅田真央か、GOEなど加点で稼ぐ金妍児か。
結局、バンクーバー五輪で金妍児が227点という高評価を受ける形でこの争いは幕を閉じました。つまり、先にも述べたように、金妍児の演技が「模範回答」として採用されたのです。
でも浅田真央は、諦めなかった。トリプルアクセルにこだわり続けました。

これが何を意味するのか?
家電業界の場合を考えてみてください。規格が統一されれば、その後はその規格に合わせた商品を各メーカーが作ることになります。
フィギュアスケートの場合も同じ。金妍児のように滑れば高得点が稼げるとわかれば、みな彼女の演技を模倣してきます。勿論、人間なので完全コピーというのは無理ですが、演技にスピードをつけてジャンプを跳ぶという要素を多くの選手が取り入れてきました(特にグレイシー・ゴールドは金妍児に憧れているのもあるのか、プログラム構成が似ていました、図4参照)。図3で3回転ルッツ3回転トウループを跳ぶ選手が4年前には金妍児1人だったのに対し、今回は7人もいたのは完全に彼女の影響と言えるのではないでしょうか。

図5:浅田真央のFSのプログラム構成(エイトトリプル達成)
話を戻しましょう。浅田真央がトリプルアクセルにこだわったことが示す意味とは?
僕は、女子シングルのプログラムが画一化する危険を回避したことだと思っています。自分の個性を出す、自分にしかできないプログラムで勝負に出る、この姿勢を貫いたことは、みなが同じような滑りをして、女子シングルが没個性化したものになることを防いだのではないでしょうか?
今回のソチ五輪で躍進したロシアの15歳リプニツカヤや17歳ソトニコワは、スピンの姿勢がこれまでの選手にはなく、個性豊かです。自分の個性を存分に活かして勝負するこの姿勢は浅田真央がトリプルアクセルを貫いたものが彼女たちに受け継がれた結果なのかなと思います。本当にそうであるならば、日本人としてこれほど嬉しいことはないですよね。

③自分を変えられるということ
浅田真央がバンクーバー五輪後にスケートを基礎から見直した話は有名です。これは、スケート選手にとっては、一か八かの賭けにでたようなもので、失敗するリスクも十分にあったと思います。
しかし、4年という年月をかけ、少しずつ変化させ、結果を残してきました。この姿勢が、この後の世代の尊敬を集めるところとなっている気がします。そして、浅田真央全般に言えることですが、「継続」の重要性とそれを支える意志。金妍児とは違う意味でのメンタルの強さを感じさせてくれました。


いかがでしたでしょうか?
金妍児、浅田真央という時代を牽引した両選手はさまざまな功績を残したと僕は感じています。
最後に、これからの女子シングルの展望とそれに期待することを述べたいと思います。

■今後の女子シングルの展望
これからの女子シングルはロシアの若い世代とアメリカのグレイシー・ゴールドを中心として、優勝争いが繰り広げられていくと思います。
そして、技術的には、ジャンプの面では3回転の連続コンビネーションの難易度が上がり、3回転ルッツ3回転ループ(基礎点11.10)のジャンプへの挑戦、さらにFSではプログラムに3回転の連続コンビネーションを2つ入れる選手が多くなると思います。
それ以外の面では、柔軟性を活かした個性溢れるスピン、スパイラルが数多く出てきて、この分野の開拓が進むのではないかと考えます。リプニツカヤは既にキャンドルスピンで特徴を出していますが、彼女のように個性を出して、ジャンプ以外の面でもGOEを稼げる選手が増えてくる気がします。

図6:コストナーの五輪3大会におけるFSの成績
■これからの女子シングルに期待すること
「浅田真央・金妍児時代」の8年間は、残念ながらトリプルアクセルの評価は低いものでした。加点のつく流れるようなジャンプが「模範回答」となったことで、ジャンプにおいてトリプルアクセルに挑戦する選手は、今の採点であればしばらくは現れないでしょう。
というのも、浅田真央のトリプルアクセルは、彼女の天性のジャンプ力によるものだったと思うからです。伊藤みどりさんのときもそうでしたよね。彼女の高いジャンプは、他の人には真似できるものではありませんでした。

ただ、このままだと今後はトリプルアクセルを跳べるジャンプの才能を持った選手が出てくるか、プログラムが成熟し、トリプルアクセルを跳ばないと勝てない時代になるかのどちらかを待つしかありません。伊藤みどりさんと浅田真央が約20歳差ということは、20年に1度くらいはそのような選手が現れるかもしれませんが、見ている側はそんな悠長に待ってられませんよね(笑)

なので、個人的には、トリプルアクセルを跳ばないと勝てない時代に早くなってほしいなと感じています。そして、トリプルアクセルもジャンプ力に頼るのではなく、スピードをジャンプの高さや幅に反映させたものが求められる時代になってほしいと思います。

このようなハイレベルな時代が来たら、浅田真央の評価は今よりも高まるのではないでしょうか?多くの選手がトリプルアクセル習得に苦労する中で「こんなに難しいジャンプを昔の真央は跳んでいたのか」と驚くはずです。そのときに、改めて浅田真央のトリプルアクセルは真の評価を得て、歴史に刻まれると思います。時代の先を行き過ぎた偉大な選手としてね!
そうなったときに、今を生きる僕らは、バンクーバーやソチ五輪の演技を懐かしく、想いを込めて語り継ぐでしょう!あのとき、生で見てたけど、本当に凄かったよって!

そんな時代が早く来るといいですね。
でも、そのためにはあと何年かして後の世代の親となる僕らが、彼女らの姿勢を受け継いでいかないといけませんね。今後のフィギュア界に多大な貢献ができるのは、僕ら若い世代なんだという自覚をもって。


P.S.
今回は浅田真央と金妍児を中心に取り上げましたが、今回のソチ五輪では、カロリーナ・コストナーの演技も印象的でした。3大会連続出場の彼女ですが、今まではジャンプで転倒するなど、本番で結果が残せていませんでしたが、ここ数年安定して成績を残すようになり、本番でもミスのない演技をしてくれました(図6参照)。彼女の精神的な成長に僕は感動すると同時に参考にしなければと思いました。
また、SP・FS共に音楽の中に全ての要素が包まれているという印象で、ジャンプだけが目立つということなく、一つの芸術作品を見ているようでした。これも一つの「模範回答」となり得たと感じています。銅メダルおめでとうございました。

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